皆さん、ご機嫌いかがですか。
今月は、古代遺跡をテーマにご紹介しています。

前回は、国内外には実に多くの古代遺跡があることなどを並木顧問と共にご紹介しましたが、今回は、飯野町の憩いの場所でもありますUFO施設のある福島県福島市飯野町UFOふれあい館の、元館長木下次男氏をご紹介しながら、UFOふれあい館周辺の遺跡についてご紹介いただきました。
木下氏は、遺跡やUFOなどの形があるものの研究に限らず、人間の精神面について心理学の方面からの研究もされていますので、木下氏の講演は定評があります。その楽しい会話でおわかりのようにとてもユニークな方です。
木下次男

福島市飯野UFOふれあい館は、千貫森の麓にあるUFOをテーマとした施設です。ここには、国内外のUFO関連の写真、ビデオ、書籍類など多くの資料があり、飯野町のUFO目撃情報などを紹介しています。ここには、鹿角市でUFO研究活動をしている鹿角UFO研究会が訪問した際に、UFOふれあい館前で研究会メンバーが撮影したUFOビデオ映像もあります。

古代遺跡では、飯野町には「白山遺跡」がありますが、ここは縄文時代中期後半の遺跡で、昭和32年に部分的発掘調査が行われました。他にも周辺には縄文中期の集落遺跡「和台遺跡」もあります。


◇並木顧問の著書「ムー的 古代遺跡」プレゼント
この本を情報員希望の方、メッセージをいただいた方へ先着1名に1冊プレゼント致します。
他にも同じく並木伸一郎氏の「超古代遺跡」もありますので、ご希望の方は両方の書名をお書き頂いた場合は、早いもの順でいずれか1冊プレゼント致しますので、両方お書き頂いても結構です。


◎申込の宛先は、「鹿角きりたんぽFM」内、鹿角不思議研究所へお願い致します。

◇鹿角不思議研究所では不思議情報と情報員を募集中です。

メールの宛て先は、radio@fm791.net
FAX番号は、0186-25‐8817

〒018-5201
秋田県鹿角市花輪字下中島12-2
鹿角きりたんぽFM 番組名「鹿角不思議研究所」



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 「ムー的 古代遺跡」オールカラー 並木伸一郎:著 580円
 2016年1月5日発行 発行所:株)学研プラス
 ・1章 エジプト古代遺跡群
 ・2章 世界のピラミッド
 ・3章 聖地・神殿
 ・4章 超古代都市
 ・5章 壁画・洞窟・巨石
 ・6章 地上絵
 ・7章 海底遺跡
 ・8章 日本の超古代文明
 ・9章 宇宙文明遺跡


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 ムーSPECIAL「超古代オーパーツ図鑑」オールカラー 580円 
 並木伸一郎:著 2014年11月11日発行 発行所:株)学研プラス



並木伸一郎
 顧問:並木伸一郎氏
 超常現象・怪奇現象研究家
 日本宇宙現象研究会、日本フォーティアン協会会長
 米国UFO研究団体・MUFON日本代表、国際隠棲動物学会日本通信員
 主な著書:「UFO入門」、「未確認動物UMA大全」、「未確認生物目撃ファイル」
 封印怪談」、「大江戸怪奇事件ファイル」、「最強の都市伝説」、「オーパーツの謎」
 「NASA秘録」、ムーブックスなど多数の著籍、翻訳あり、月刊「ムー」誌メインライター
 雑誌、新聞などでも幅広く活動中

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<放送曜日と放送時間のご案内>
・毎週 月曜日 午後1時~1時30分
・再放送水曜日 午前9時~
・再放送木曜日 午後2時~
・再放送土曜日 夜7時~

・所長:K
・研究助手:なつき
・顧問:並木伸一郎氏 
・BGM 吉祥姫(作曲演奏)
 「十和田高原地底都市伝説」より
 「十和田高原」「黄金平」「海幻想」「灯火の記憶」「西海の神殿」
Facebook「鹿角不思議研究所」も併せてご覧ください。
https://www.facebook.com/kazunofusigi/?fref=ts

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鹿角不思議研究所では、皆さんからの不思議体験などを募集しています。
不思議な体験、怖い体験など何でも結構ですので、お待ちしています。
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◇鹿角不思議研究所では不思議情報と情報員を募集中です。

メールの宛て先は、radio@fm791.net
FAX番号は、0186-25‐8817

〒018-5201
秋田県鹿角市花輪字下中島12-2
鹿角きりたんぽFM 番組名「鹿角不思議研究所」まで
放送は79,1MHz「鹿角きりたんぽFM」 

または、インターネットサイマル放送をご利用いただくと全国どこからでもお聴きいただけます。
詳しくは、鹿角きりたんぽFMのホームページをご覧ください。
http://fm791.net/keitai/ 

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<情報員からの情報>

 悪の漢学者さんから
 前に坂上田村麻呂関連のネタをいくつか投稿しましたが、官軍とエミシの激突
の場であった岩手県南には古代遺跡が数多く残っています。私は以前、古代遺跡
の中を突っ切って通勤していた事もあり、今も古代遺跡の中で生活しているよう
なものです。
 今回紹介するのは日本最北端の前方後円墳とされる岩手県胆沢(いさわ)の角
塚古墳。写真のうち、一本杉が立っているのが古墳です。
http://www.iwatetabi.jp/spot/detail/03215/185.html
 昔、強欲の為に「角の生えた大蛇」に変身した女性が退治されて、その角をこ
こに埋めたと言う伝承がある。古墳の近所に住む人から、古墳に触れると祟りが
あると聞いた事もあります。国道三百九十七号線沿い、特に立ち入り禁止の柵な
ども無いので、古墳のてっぺんに登ってみる事も可能ではある。

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 岩手県内には古代朝廷が設置した支配拠点の遺跡が複数あり、その一つが水沢
の国指定史跡、胆沢(いさわ)城跡。「城」と言うと天守閣に象徴される、殿様
の住む大きな建物を思い浮かべる人が多いですが、ここは所謂「お城」ではなく、
当然、天守閣も最初から無い。今は広場や田んぼになっています。添付写真は今
年六月のあやめ祭りの時。遺跡の北東の鎮守府八幡宮も坂上田村麻呂ゆかりの神
社で、街道沿いなので江戸時代には参勤交代の殿様も参拝したと言う格式を持つ。
http://www.oshu-bunka.or.jp/maibun/newpage7.htm
 今までいろいろな遺物が多数発掘されており、遺跡の近くの埋蔵文化財調査セ
ンターで詳しく紹介しているほか、東博で常設展示されている物件もあります。
カメの蓋として再利用されていた紙が実は儒教の文献だったと言う事で、私の漢
学の師匠もその方面の研究に関与しています。
 元々、漢文では「城」は都市を囲む壁、或いは壁に囲まれた都市を示す字であ
り、現代中国語では都市の事を「城市」と言う。日本語の「お城」のつもりで中
国や古代日本に接すると誤解を招きます。
 古代の「城」と言えば。私が宮城県の小学六年生だった時、学校のバス遠足で
多賀城遺跡に行きました。胆沢城の前は多賀城に鎮守府が置かれていた。私や、
やはり歴史好きの友人は事前に本を読んで多賀城とはどう言うものか知っていま
したが、多くの級友達は、現地に天守閣が無いので「お城じゃないのか」と落胆
したのでした。

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 先月、念願かなって岩手県一戸町の御所野遺跡に行って来ました。三内丸山や
大湯ストーンサークルは既に見ていますがここはまだだった。平成になってから
発見された遺跡だそうで、復元された住居がいくつもあり、また大きな博物館も
併設されていて見応えあり。案内の人にいろいろ教えてもらいましたが、特にオ
カルト方面の噺は無いようです。
 ここも世界遺産登録を目指しているそうですが、近所に変電所があり、鉄塔や
送電線のせいで景観が台無し。県南の世界遺産平泉も、登録を目指していた頃に
景観の問題点を指摘されて、その対策として北上川沿いの土手を高くして、国道
や線路を見えなくしてしまった。
 北(きた)東北は縄文遺跡の本場。今度は青森県の亀ヶ岡遺跡にも行ってみた
いです。
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 古代のように見えて実は古代ではない遺跡。
 よく「秦の始皇帝が作った」と言われる万里の長城。テレビに出て来る、山の
稜線の立派なレンガ造りの城壁を始皇帝時代の物だと思っている人が多いですが、
そのようなよく知られている光景は明王朝や清王朝の時代、日本で言えば室町時
代から江戸時代にかけて建設されたもの。始皇帝はそれより更に千年以上昔の人
物で、しかも始皇帝時代の長城はレンガ造りではなく、土をつき固めて作った物
です。始皇帝時代の長城も一部残っています。
 以前、NHK大河ドラマ北条時宗のオープニングでレンガ造りの万里の長城が
出てきて、これも時代が違うので、大岡越前や遠山の金さんに東京タワーや新幹
線を出すようなものだと思いました。
 文字が未発達だったインカ帝国や、長い間密林に覆われていたアンコールワッ
トも何となく古代遺跡と思いがちだけれど、これらもまだ千年は経過していない。
インカ帝国がスペイン人に滅ぼされたのは日本で言えば戦国末期だからつい最近
の事。
 三日の放送で古代の定義、時代区分が話題になりましたが、中国史の時代区分
については毛馬内の内藤湖南博士の説が定説なのは鹿角市民の方達はよく御存知
でしょう。